石北本線名物? 白滝シリーズ壊滅!?
JR北海道・石北本線の遠軽町内の区間に、上白滝駅、白滝駅、旧白滝駅、下白滝駅と4駅続けて「白滝」と名の付く駅が続き、鉄道ファンからはそれらを総称して「白滝シリーズ」と呼ばれてきた。4駅とも無人駅で、特に白滝駅を除く3駅は、列車本数がとても少なく人影少ない場所にあり、いわゆる「秘境駅」と言えるような駅ばかりだ。そして、上白滝駅、下白滝駅には昭和初期の駅開業以来の木造駅舎が現役で残る。そのため、白滝シリーズは鄙びたローカル線に味わい深い駅が凝縮され、独特の魅力を放っていた。
しかし2015年7月、JR北海道は来年2016年の3月のダイヤ改正で、上白滝駅、旧白滝駅、下白滝駅を廃止する方針だと公表した。先だってJR北海道は経営改善のため、今後数年で乗降客が極端に少ない数十もの無人駅を廃止すると発表していた。白滝シリーズの3駅は真っ先にその候補として思い浮かぶイメージがあり、廃止は想定の範囲内だったと言える。しかし3駅同時廃止で、残るのは白滝駅のみという、白滝シリーズ壊滅の衝撃はやはり大きかった。
私は2013年に下白滝駅、白滝駅、上白滝駅を訪れていた。しかし、旧白滝駅のみ未訪問だった。廃止の報道を聞くと、旧白滝駅の事を強く心残りに思った。
旧白滝駅に一歩を標す
午後、遠軽駅から上り普通列車、旭川行きの4262Dに乗った。この列車は、上白滝駅に停車する唯一の上り列車で、特別快速のきたみ号を別にすると、白滝‐上川間の34kmを走る唯一の上り普通列車だ。その貴重な1本のためか、車内には鉄道ファンの姿がちらほらと見える。
下白滝駅を出ると、鬱蒼とした無人地帯が続き、定刻の16路53分、旧白滝駅に到着した。運転手さんに切符を見せ降りようとすると、扉の外には鉄道ファンと思しき男性が乗車を待っていた。驚いた。こういう秘境駅を巡る旅をしている時、同好の士と鉢合わせになる事はほどんど無かったからだ。駅巡りを趣味領域とする鉄道ファンはまだまだ少数派だからだろう。しかし、白滝シリーズ3駅揃っての廃止となると、俄然、注目度は高くなるのだろう。
しかし、下車した鉄道ファンは私だけだった。次にこの駅に止まる列車は約3時間後の20時6分の白滝行きのみで、私はこの列車で立ち去るつもりだった。
私は旧白滝駅で3時間も閉じ込められるよりは、5km離れた下白滝駅まで歩こうかとも思っていた。ただ交通量がさほどでは無いと言え、夜に掛かるだろう無人地帯を駅間徒歩で移動するには危険が伴うし、それぞれの駅の滞在時間が短くなるのも何だなと思っていた。…とは言え、3時間はさすがに長いよなぁと迷っていた。
しかし、土のプラットホームに足を下ろし、暮れなずむ空と山々に囲まれた長閑な駅の風情に触れた瞬間、まあめんどくさい事考えずに、3時間、この駅にじっくり付き合ってみようやと、スッと心が決まった。
降りたのは私だけだと思っていたら、いつの間にかもう一人降りていた。後ろ姿を見るに、高校生の女の子のようだ。駅近くに住み通学で石北本線を利用しているのだろう。私のように周りを珍しそうに見回すような事もせず、スマホを見てるのか、少しうつ向き気味に歩きながら、慣れた道を家路についていた。都会の学生も田舎の学生も今時は行動が同じだ。
十何年前の上白滝駅同様に、貴重な地元利用者に一瞬、まみえた事に奇跡のような感覚を覚えた。だけど、私達鉄道ファンには好奇心で訪問する秘境駅の1つであっても、彼女には生活に欠かせない唯一無二の駅だ。そんな駅が取り上げられるのだ。不便で、そしてなんと寂しい事なのだろう…。
列車が去った後、改めて駅の周辺を見渡してみた、小高い山にとり囲まれた中に、畑や牧場が広がり、牛舎などの建物がぽつりぽつりと点在していた。やや狭苦しく思うが、見上げると空は広い。ちょうど太陽が山の背後に隠れた頃で、澄んだ空にかすかに赤色を帯びた雲がたなびいていた。
プラットホームの上には、掘っ立て小屋のような木造待合室が立っていた。木の外壁は使い込まれかなり古び相当な年代ものだ。開業以来のものだろうか・・・?
白滝シリーズの駅は、この旧白滝駅を除き、石北線の延長と共に開業していった。白滝駅と下白滝駅は1929年(昭和4年)、上白滝駅と廃止された奥白滝駅は1932年(昭和7年)の開業だ。そして、それらの駅に十何年もの遅れを取り、戦後の1947年(昭和22年)にこの旧白滝駅が開業した。それも仮乗降場としてだ。なので一般駅で、立派な駅舎も建てられていた他の白滝シリーズの駅に比べ、旧白滝駅は簡素で格下の感がある。
プラットホームの背後に雑草が茂った空地があり、その奥の方に木造倉庫やビニールハウスの骨組み、そして家屋と思しき建物も見える。しかし木造倉庫の外壁はぼろぼろで、歪み崩れかかっている。どうやら誰も住んでいないようだ…。空地はかつて農地だったのだろうか・・・。
木造待合室の扉を空け中に入ってみた。広さは3畳程度と狭く、裸電球一個が天井にポツンと取り付けられただけのガランとした簡素な空間はまるで物置のようだ。壁に時刻表などが掲示され、駅なのだと思い出させる。
しかし外壁が古びているように、室内も古びかなりの年月を感じさせる。ただ、建物がひどく損傷している事も無く、ごみが散らかっている事もない。むしろ使い込まれた木が紡ぐ空間に心地よささえ感じる。何はともあれ、これから3時間を過ごす駅。しっかりとした待合室があるのは嬉しい事だ。
壁際には造り付けの木製ベンチが取り付けられていた。木の質感が豊かで味わい深いが、やや腐食しているのか汚れが染み付いているのか、表面は汚い。ただ液体や埃で汚れているという訳ではなく、造りはしっかりしていて、座る分には問題は無い。幅が狭く少し座りづらそうだが…。
ベンチの上には、ポツンと駅ノートが置かれていた。時間はたっぷりあるので、後で読む事にしよう。
旧白滝駅は、2両分程度の長さしかない短いホームに1線のみというシンプルな棒線駅で、ちょこんと小さな待合室がのっかっている昔ながらの仮乗降場のスタイルだ。青白い鉄製の箱も目立つが、ホーム北端にある踏切の機器を収納しているようだ。この踏切、お墓に続く道と交差しているためか「墓地」という名前が付けられていた。
棒線駅となった駅には、レールがポイント分岐の跡を残し、ホーム進入直前にホームに寄ろうとし軽く曲がっている場合が多い。しかし旧白滝駅ではその痕跡は無く、レールは真っ直ぐに伸び、1面1線の仮乗降場の構造を留めている。
周辺を散策しようと、駅の外に出た。駅の目の前には石北本線のレールに平行して、遠軽国道こと国道333号線が通っている。時折、車が飛ばしていくが、現在は無料の高規格道路「旭川紋別自動車道」が平行しているためか、道東と道央を結ぶ主要な国道でありながら通行量は意外と少ない。
何となく国道沿いに南の方に歩いてみた。道路を隔て駅の向こうには牧場が広がり、奥の山裾には旭川紋別自動車道の築堤が見える。
牧場の草はきれいに刈られているので、今でも使われているのだろう。国道沿いに牧場や農地が広がり、大きな倉庫や家畜舎が点在し、その中に家屋らしきものも見える。駅の周囲には、かすかながら人の営みが感じられる。だが、その中で鉄道を使う人となると、先ほどの女学生位で、ほとんどの人がもう何十年と旧白滝駅とは縁が無いのだろう…。
山間の静かな集落に夜は駆け足で迫り来る。空からは小雨がパラついてきた。歩いているといつの間にか周囲は暗くなり、夜の闇の中で踏切が妖しく照らし出されていた。
秘境駅、夜の来訪者たち
ああ、遂に夜になっちゃったなと思いながら、駅への道を引き返した。空は一歩一歩、歩みを進める毎に暗くなっていくかのように、急速に暗くなっていった。時折、国道で道路の幅を示す下向きの矢印の標識が一瞬点っては、空は直に闇が戻っていた。
駅に戻ってくると、掘っ立て小屋のようなあの待合室とその横の街灯が点っているのが見えた。待合室の方はオレンジ色の光で満たされていた。乗降客が0に近く廃止される予定の駅であっても、律儀に明かりが点るものなのだ。暗闇の中の秘境駅でも、どこまでも暖かで心強く映った。
そして旧白滝駅に到着して1時間半になると、空はすっかり暗く闇で覆われた。
駅に戻ってくると入口に車が停めれら、ホーム上に人影があるのに気付いた。カメラを手にあれこれ撮影している。白滝3駅廃止の報道で訪問者は増えているのだろうなと思っていたが、こんな時間まで訪問者はいるのだ。見たところ30代位の男性で、下白滝駅、旧白滝駅、上白滝駅の廃止を聞いて3駅を巡っているとの事だ。私は駅巡りは鉄道を主な手段する事を信条にしているが、白滝シリーズの不便なダイヤでは車を使いたくなる気持ちもとてもよく解り、羨ましいなと思った。
その男性はしばらく撮影すると、次の下白滝駅に向け車を走らせた。
写真撮影に夢中になったり、周辺を散策するなどして、いつの間にか1時間半が過ぎた。そして残り約1時間半になった。空からは完全に明るさは消え失せ、曇っているのか星ひとつ見えない。
もうあの待合室でのんびりと時を過ごそうと思った。オレンジ色の光で照らし出された木の空間は、この秘境駅をよりミステリアスに、そして趣き深く私の目に映った。扉を開け中に入った。中は簡素ながらもしっかりし、頼りになる。しかし、数匹の虫や大きな蛾が我が物顔で飛び回っていた。扉を開け写真を撮っている僅かな間に侵入を許してしまったようだ。
お腹か空いてきたので、遠軽駅の近くで買ったおにぎりを取り出し夕食の時間だ。もう片手には駅ノートを手に取った。普段、駅ノートはあまりじっくり読まなく、書き込む事も滅多に無いのだが、これだけ時間があると、じっくり読んでみようという気にもなる。
食べながらふと窓の外に目を遣ると、外には暗闇が広がるばかりだった。車がたまに静寂を破り一瞬ヘッドライトが照らすが、直に暗闇が戻る。光を漏らすような家屋も無い駅前はあまりに暗い。沈黙の中に取り残されている事に気付くと、怖さが心の中を過ぎった。
もし飢えたヒグマが出てきたら・・・。近年、北海道ではヒグマが人里まで降りて来る事件も頻発しているので、自然豊かな秘境駅周辺に現われても不思議ではない。襲われたら、こんなちっぽけな待合室ひとたまにも無いだろう。それか、この世をさ迷う魂が寂れた駅に吸い寄せられてくるかもしれない。いや、いちばん怖いのは、時として信じられない残忍な事件を起こす人間だろう。ここで襲われて大声で助けを呼んでも、誰にも声は届かないので、格好の犯行場所だ。
でもまあそんな事、よっぽど運が悪くない限り無いだろうと思考を元に戻すと、駅ノートに目を落とした。
しかし、駅ノートを読んでいると、ハッハッハッと動物の荒い息遣いが、突然、耳に飛び込んで来た。
「え、まさか!!」
驚いて顔を荒々しく上げると、窓の外に中年の男性がいるのに気付き目が合った。その男性を見ると、何かに引っ張られるように動いている。どうやら近所の住人が犬の散歩で、ここまで来たようだ。呆気に取られながらも待合室の中から、
「こんにちは」と
挨拶し頭を下げた。
犬の散歩のコースになっているのか?それとも、駅寝でこの駅で夜を過ごす人もいるので、見回りも兼ねているのだろうか…?
19時35分頃、突然踏切の警笛が鳴り出し、カメラを手に外に飛び出した。何が通過していくのかと見てみたら札幌行きの特急オホーツクだった。時刻表を見ると網走を17時18分に出た8号だった。
待合室に戻り、駅ノートを再び手に取った。読んでいると、熱心…というか酔狂な乗り鉄や駅鉄たちが訪れているものだと思う。特に、廃止の方針が公表された7月下旬以降は、夏休みでもあったため、訪れた人が急増したようだ。
やはりみんな、この白滝シリーズのダイヤの不便さにはかなり苦心しているようだ。廃止予定の3駅に止まる下り列車は早朝の一本のみ。上り列車は午後~夜の3本のみで、上白滝駅に至っては上りも1本のみの停車だ。白滝シリーズ制覇に駅間徒歩を挟むのはあたりまえ。中には区間の半分を歩いて制覇する人、下白滝駅からここまで歩いてきて、次は白滝駅に歩くと書き残している強者までいた。
他にも車での訪問者、バイクや自転車の旅行でふと立ち寄る人、部分的にタクシーを使う人、そして駅寝で一夜を明かす者…。それぞれの旧白滝駅の思い出にしばし読みふけった。
何気に外に目を遣ると、待合室から少し離れ男性が立っているのが見えた。どうやらこの人も、駅を目的に訪問しているようだ。ただ、待合室にいる私に遠慮してか、それ以上近づいてくる事無く、いつの間にかいくなっていた。
20時を過ぎ、もうホームで列車を待とうと外に出た。夕景から夜に移り変わる風景の中、長いような、終わってみれば短いような不思議な時間だった。もうこの駅に降り立つ事も無いのだろうなとふと過った。怖ささえ感じた闇夜の駅と、そんな私を包み込むような古い待合室に愛着を感じ、離れがたさえ募った。
そして踏切の警笛が鳴り響くと、白滝行きの普通列車が入線してきた。旧白滝駅に停車する最終列車で、下車した人は当然のごとくいなかった。
[2015年(平成27年) 9月訪問](北海道紋別郡遠軽町)