天空に佇むかのような秘境駅
南海電鉄・高野線・極楽橋行きの列車は、高野下駅を過ぎると連続する上り坂とカーブにレールを軋ませながら高野山に向けひたすら走り続けている。列車はまさに山を登っている。
途中、紀伊細川駅で下車してみた。駅は山の急斜面上に位置し、至近に人家などの建物は無いが、駅のはるか下に集落があるのが見下ろせる。まるで空から見下ろして入りうような心地で、よくこんな所に線路を敷き、駅を造ったものだと全く感心させられる。
プラットホームからは、駅舎の側に小さな池庭がある一角が見えた。池の中では鯉がスイスイと泳いでいる。ちょうど、ホーム出ていた駅員さんに
「鯉が泳いでますねー」
と話しかけたら
「これ金魚やがな」
と関西ツッコミの洗礼。
金魚ってこんなに大きくなるものなのだ・・・。
池に住む鯉…、もとい!金魚を猫から守るためか、池の周りは金網で囲われていた。山奥なので、猫だけはなく、その他の小動物も魚を狙っているのだろう。そして草木が植えられミニ庭園のように仕上げられている。
紀伊細川駅のような小集落の最寄り駅は、昔から利用者はさほど多くなかったであろうが、そんな駅にも池庭が作られるのだ。いや、利用者が少なく列車本数も少ないからからこそ、駅員さんが手持ち無沙汰にこんなものを造ったのかもしれない…。
絶景の中に佇む木造駅舎
紀伊細川駅の木造駅舎は、白く塗装されるなど多少の改修はされているが、昔ながらの造形を良く残している。駅の開業は高野山電気鉄道時代の昭和3年(1928年)の6月18日だが、その頃からのものだろうか…?屋根の縁が水色に塗られ、三角部分の頂点がさりげなく南海のコーポレートカラに塗られているのがアクセントになっている。
山の急斜面上という立地で、駅周辺に余裕あるスペースはほとんど無い。この駅舎を全容を写真で納めようにも、出入口から数歩でた所で、背後には急な階段が迫る。ズームレンズの最広角側の16mm(銀塩換算24mm)で何とか収まると言った感じだ。歪曲が目立つので、広角寄りで駅舎を撮るのは普段は避けているのだが…。夢中になって引き過ぎたり、体のバランスを崩すと階段から落ちてしまうので、絶えず背後に注意を払いながら下がれる所まで下がって撮影した。
素朴な木造駅舎だが、車寄せの柱にはちょっとした洒落た装飾が施されているのが面白い。駅舎に凝った南海電鉄らしさが表れているように思う。
狭い駅前から集落を見下ろした。深い山々にとり囲まれ、眼下には二、三十件の家屋があるひっそりとした集落がある。駅は急斜面上にあるが、柵らしい柵は無く、お義理程度の仕切りがあるだけだ。縁に立ち下の方を見下ろすと、斜面と言うより崖のような急角度だ。高所恐怖症でなくても足がすくむ。
駅舎の背後には見事な桜の木が佇む。5月の今は葉桜となっているが、1ヶ月ほど前はさぞきれいな花を咲していた事だろう。この木の下から細い道が伸びているが、何とか車一台が通れる程度の細さだ。
急な階段が駅から集落へと続いていた。食べ物が欲しくて駅前の集落へ降りてみたが、商店っぽい家屋があるが、もう営業してなさそう…。他は小学校のプールや、公営住宅みたいなアパート、人家があるだけのひっそりとした集落だ。
駅舎の内部は自動改札機が置かれている以外、大きな改修の跡は無く昔のままの風情溢れる。窓枠は木製のままだ。自動改札機が無ければ、何十年前の駅のシーンとして、映画やドラマのロケでも使えそうな懐かしい雰囲気だ。
天井を見上げると、見事に木の板張りのままだった。中央にあった菱形の照明の台座が小洒落ている。
出札口も昔ながらの木の構造が残り味わい深い。そんな窓口が実際に使われているのは何と素晴らしい事か!
窓口の向こうでは駅員さんが動く気配がする。ちらりと見るとやかんを持ち、カップラーメンにお湯を注いでいる所だった。昼食だが、列車本数が少なく乗客も非常に少ないので、一人の勤務では、列車と列車の合間を見つけて食事や休憩の時間を取っているのだろう。それにしても、カップから湯気が立ち上る様は、食いはぐれた私には、とてもうらめしい光景に映った。
[2008年(平成20年) 5月訪問](和歌山県伊都郡高野町)
~ レトロ駅舎カテゴリー: 私鉄の三つ星レトロ駅舎 ~