嘉例川駅 (JR九州・肥薩線)~百年の木造駅舎への旅~



始発列車でまだ夜の闇の中の嘉例川駅へ

 隼人駅から6時5分発の肥薩線1番列車に乗った。冬の2月、空はまだ少しも白む気配は無く、2両の気動車は長い夜の中を駆けている。乗客は私を含めてもたったの数名だ。

嘉例川駅、闇の中に照らし出される木造駅舎

 6時25分、定刻に嘉例川駅に到着した。まだ真っ暗だ。柱に取り付けられた笠付きの電球が、木々でできた建物を温かに照らし、闇夜の中に駅を浮かび上がらせる。100年の木造駅舎に降り立ったという実感を強くする。そして、しっとりとした雨の空気感の中、家畜の臭いが漂っていた。近所で、酪農を営んでいる所があるのだろう。

嘉例川駅、昔のままの窓口跡と待合室

 木の改札口を通り抜け、駅舎の中に入った。駅は無人化されたが、出札口や手小荷物受付用の低い窓口は木製のままで、大きく改装された様子は見受けられず、良く原型を留めていると思われる。待合所には2脚の古びた木製ベンチが置かれいる。天井や窓枠も木製で、まさに使い込まれた木でできた空間が心地よい。古いが、ボロくて廃れている雰囲気は無く、古いものが宿す独特の味わいが心地良い。この駅舎が大切に使われている事を感じる。

明治の木造駅舎は温もり包まれて…

明治築、百年の木造駅舎、肥薩線の嘉例川駅

 そして、夜は明けた。外に出て空を見上げると、どんよりとした曇り空で、今にも雨が降り出しそうだ。

 夜が明けた所で、改めて駅舎の前に立ち眺めてみた。1903年(明治36)築の駅開業当初からの駅舎で、同じ肥薩線内の大隈横川駅と並んで、鹿児島県内で最も古い駅舎だ。平屋だが、丈は高く大柄に見える。その割りに窓は大きくなく、板張りの部分が多くを占め、車寄せ付近に巡らされされた庇が小さく見えてしまい、武骨な印象を強くする。どこか、倉庫っぽい雰囲気がある。

 アクの強い個性がある訳ではなく、凝った造形が散りばめられている訳でもない。昔ながらのありふれた木造駅舎だ。だが、今となってはそれが素晴らしい。100年も雨風に耐え続け、なお現役の駅舎は、強烈ではないが、そこに居る程、しみじみとした木の渋みが伝わってくる。駅は緑豊かな集落の中にあり、町の喧騒は程遠く、まるでここだけのんびりとした時間が流れているようで、駅での滞在を一層心地よくする。

嘉例川駅、駅舎正面
J嘉例川駅の木造駅舎、ホーム前景

 肥薩線は元は鹿児島本線だったが、現在の鹿児島本線全通により線名は肥薩線と改められた。メインルートから外れた鄙びたローカル線というイメージがあり、嘉例川駅もそんな路線にある一ローカル駅に過ぎなかった。

 だが、九州新幹線の新八代‐鹿児島中央間開通に際し、肥薩線は観光路線として着目されるようになり、築100年の趣き深い駅舎の嘉例川駅も、観光スポットの一つとして掘り起こされようとしている。鹿児島中央駅で九州新幹線「つばめ」に接続する、観光特急「はやとの風」が新設され、その停車駅に、何と乗降客が少ない無人駅の嘉例川駅が抜擢されたのだった。用務や駅を基点にした観光目的ではなく、駅舎見学のための停車で、約5分の停車が取られている。5分は短過ぎに思えるが、古くてありふれた木造駅舎に注目が集まり、文化財として価値が見直されるなら、駅舎ファンの私としてはとても嬉しい。

 また、地元の人々に愛されている事が嘉例川駅の魅力を更に深めている。地元の人々は清掃や草刈をボランティアで行っているという。開業百周年には、地元の人々の主催で記念イベントが開催され大変賑わい、駅前には記念碑も建てらた。駅舎内の使い込まれた木の窓口跡には、誰の手によるかは知らないが、綺麗な花が生けられていた。静寂としたこの駅が、まるでこの駅を愛する人々の温もりで包まれている…、そんな事を感じさせてくれる花だった。

嘉例川駅、待合室の生け花

[2004年(平成16年)2月訪問](鹿児島県隼人町)

~◆レトロ駅舎カテゴリー: 三つ星 JR・旧国鉄の三つ星駅舎

追記: 当サイト内の嘉例川駅に関するページ

 素朴な佇まいが趣深く、やはり何度も訪れたくなる駅舎。その度に違う発見があったり新しい光景に出合えたりと飽きない駅。2004年9月の第2回訪問以外は何らかの形で触れているので是非!

嘉例川駅、旧駅事務室内部
( 旧駅事務室公開中の嘉例川駅 (2012年) )

嘉例川駅基本情報

鉄道会社・路線名
JR九州・肥薩線
駅所在地
鹿児島県隼人町嘉例川(※訪問時)。現在は霧島市隼人町嘉例川2176
主な歴史
1903年(明治36年)1月15日
開業。当時は鹿児島本線の一部として。
2003年(平成15年)1月15日
開業百周年記念行事が催される。
2004年(平成16年)3月13日
九州新幹線・鹿児島中央駅-新八代駅間の開業に伴い運行開始した観光特急「はやとの風」の停車駅になる。
2004年(平成16年)
駅弁「百年の旅物語かれい川」が発売され人気に。
2006年(平成18年)3月2日
駅舎が国の登録有形文化財に指定される。
2007年(平成19年)11月30日
南九州産業遺産群のひとつに選定される。
2016年(平成28年)5月
棲みついていた駅猫「にゃん太郎」が嘉例川観光大使に任命
駅舎竣工年
1903年(明治36年)。※開業以来の駅舎。
駅営業形態
無人駅